そんな事を聞くだけの価値のある人物でしょう
そんな事を聞くだけの価値のある人物でしょうか」多々良君は聞かぬ先からすでに寒月以上に構えている。
「君よりよほどえらい男だ」
「そうでございますか、私(わたし)よりえらいですか」と笑いもせず怒(おこ)りもせぬ。これが多々良君の特色である。
「近々(きんきん)博士になりますか」
「今論文を書いてるそうだ」
「やっぱり馬鹿ですな。博士論文をかくなんて、もう少し話せる人物かと思ったら」
「相変らず、えらい見識ですね」と細君が笑いながら云う。
「博士になったら、だれとかの娘をやるとかやらんとか云うていましたから、そんな馬鹿があろうか、娘を貰うために博士になるなんて、そんな人物にくれるより僕にくれる方がよほどましだと云ってやりました」
「だれに」
「私(わたし)に水島の事を聞いてくれと頼んだ男です」
「鈴木じゃないか」
「いいえ、あの人にゃ、まだそんな事は云い切りません。向うは大頭ですから」
「多々良さんは蔭弁慶(かげべんけい)ね。うちへなんぞ来ちゃ大変威張っても鈴木さんなどの前へ出ると小さくなってるんでしょう」
「ええ。そうせんと、あぶないです」
「多々良、散歩をしようか」と突然主人が云う。先刻(さっき)から袷(あわせ)一枚であまり寒いので少し運動でもしたら暖かになるだろうと云う考から主人はこの先例のない動議を呈出したのである。行き当りばったりの多々良君は無論逡巡(しゅんじゅん)する訳がない。
「行きましょう。上野にしますか。芋坂(いもざか)へ行って団子を食いましょうか。先生あすこの団子を食った事がありますか。奥さん一返行って食って御覧。柔らかくて安いです。酒も飲ませます」と例によって秩序のない駄弁を揮(ふる)ってるうちに主人はもう帽子を被って沓脱(くつぬぎ)へ下りる。
「君よりよほどえらい男だ」
「そうでございますか、私(わたし)よりえらいですか」と笑いもせず怒(おこ)りもせぬ。これが多々良君の特色である。
「近々(きんきん)博士になりますか」
「今論文を書いてるそうだ」
「やっぱり馬鹿ですな。博士論文をかくなんて、もう少し話せる人物かと思ったら」
「相変らず、えらい見識ですね」と細君が笑いながら云う。
「博士になったら、だれとかの娘をやるとかやらんとか云うていましたから、そんな馬鹿があろうか、娘を貰うために博士になるなんて、そんな人物にくれるより僕にくれる方がよほどましだと云ってやりました」
「だれに」
「私(わたし)に水島の事を聞いてくれと頼んだ男です」
「鈴木じゃないか」
「いいえ、あの人にゃ、まだそんな事は云い切りません。向うは大頭ですから」
「多々良さんは蔭弁慶(かげべんけい)ね。うちへなんぞ来ちゃ大変威張っても鈴木さんなどの前へ出ると小さくなってるんでしょう」
「ええ。そうせんと、あぶないです」
「多々良、散歩をしようか」と突然主人が云う。先刻(さっき)から袷(あわせ)一枚であまり寒いので少し運動でもしたら暖かになるだろうと云う考から主人はこの先例のない動議を呈出したのである。行き当りばったりの多々良君は無論逡巡(しゅんじゅん)する訳がない。
「行きましょう。上野にしますか。芋坂(いもざか)へ行って団子を食いましょうか。先生あすこの団子を食った事がありますか。奥さん一返行って食って御覧。柔らかくて安いです。酒も飲ませます」と例によって秩序のない駄弁を揮(ふる)ってるうちに主人はもう帽子を被って沓脱(くつぬぎ)へ下りる。