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値段はいくらだ」 「十五円」 「十五円

値段はいくらだ」
「十五円」
「十五円の羽織を着るなんて身分不相当だ」
「いいじゃありませんか、あなたに買っていただきゃあしまいし」
「その次は何だ」
「黒足袋が一足」
「御前のか」
「あなたんでさあね。代価が二十七銭」
「それから?」
「山の芋が一箱」
「山の芋まで持って行ったのか。煮て食うつもりか、とろろ汁にするつもりか」
「どうするつもりか知りません。泥棒のところへ行って聞いていらっしゃい」
「いくらするか」
「山の芋のねだんまでは知りません」
「そんなら十二円五十銭くらいにしておこう」
「馬鹿馬鹿しいじゃありませんか、いくら唐津(からつ)から掘って来たって山の芋が十二円五十銭してたまるもんですか」
「しかし御前は知らんと云うじゃないか」
「知りませんわ、知りませんが十二円五十銭なんて法外ですもの」
「知らんけれども十二円五十銭は法外だとは何だ。まるで論理に合わん。それだから貴様はオタンチン・パレオロガスだと云うんだ」
「何ですって」
「オタンチン・パレオロガスだよ」
「何ですそのオタンチン・パレオロガスって云うのは」
「何でもいい。それからあとは――俺の着物は一向(いっこう)出て来んじゃないか」
「あとは何でも宜(よ)うござんす。オタンチン・パレオロガスの意味を聞かして頂戴(ちょうだい)」
「意味も何(な)にもあるもんか」
「教えて下すってもいいじゃありませんか、あなたはよっぽど私を馬鹿にしていらっしゃるのね。きっと人が英語を知らないと思って悪口をおっしゃったんだよ」
「愚(ぐ)な事を言わんで、早くあとを云うが好い。早く告訴をせんと品物が返らんぞ」
「どうせ今から告訴をしたって間に合いやしません。それよりか、オタンチン・パレオロガスを教えて頂戴」
「うるさい女だな、意味も何にも無いと云うに」
「そんなら、品物の方もあとはありません」
「頑愚(がんぐ)だな。それでは勝手にするがいい。俺はもう盗難告訴を書いてやらんから」
「私も品数(しなかず)を教えて上げません。告訴はあなたが御自分でなさるんですから、私は書いていただかないでも困りません」
「それじゃ廃(よ)そう」と主人は例のごとくふいと立って書斎へ這入(はい)る。細君は茶の間へ引き下がって針箱の前へ坐る。両人(ふたり)共十分間ばかりは何にもせずに黙って障子を睨(にら)め付けている。
 ところへ威勢よく玄関をあけて、山の芋の寄贈者多々良三平(たたらさんぺい)君が上(あが)ってくる。多々良三平君はもとこの家(や)の書生であったが今では法科大学を卒業してある会社の鉱山部に雇われている。これも実業家の芽生(めばえ)で、鈴木藤十郎君の後進生である。三平君は以前の関係から時々旧先生の草廬(そうろ)を訪問して日曜などには一日遊んで帰るくらい、この家族とは遠慮のない間柄である。
「奥さん。よか天気でござります」と唐津訛(からつなま)りか何かで細君の前にズボンのまま立て膝をつく。
「おや多々良さん」
「先生はどこぞ出なすったか」
「いいえ書斎にいます」
「奥さん、先生のごと勉強しなさると毒ですばい。